将棋備忘録

殴り書きの備忘録なので、読みづらい点はどうかご容赦を!

【横歩取り盛衰記】▲6八玉型は危険か?

  横歩取り盛衰記

横歩取り△3三角戦法は、大橋宗英9世名人の「平手相懸定跡集」で紹介されているように相掛かり戦法の一つとして江戸時代からあった。
当時は▲2六飛に△2四歩と受ける指し方だった。


昭和になって「機関銃小僧」梶一郎九段が、▲2六飛に△2二銀と2筋の歩を手持ちにする梶式横歩取り(加藤治郎九段命名)を開発、郷田九段の師匠である大友昇九段などが用いた。


受け継いだのが「自在流」内藤国男九段。第15期棋聖戦第2局で試み、空中戦法と呼ばれ、内藤の代名詞になった。


ひとりごと

「昭和の大名人」大山康晴15世名人は、横歩取りは先手有利と確信していたようだ。

したがって初手▲7六歩に居飛車党の相手が△3四歩と受けた場合、▲2六歩と居飛車(横歩取り)にすることもあった。

勝率は高く、「自然流」中原誠相手の第9期十段戦七番勝負第4局では▲3七飛の自陣飛車の名手で勝利している。

大山康晴対中原誠は、大山先手なら▲7六歩△8四歩、中原先手なら▲7六歩△3四歩が定跡だった。

ただ、第31期名人戦7番勝負第7局では、中原誠が2手目△3四歩からまさかの振り飛車を決断し、名人位を獲得した。

今では考えられない振り飛車全盛期のepisode。

空中戦法誕生の一局は、「自然流」中原誠が積極的に3筋の歩を伸ばして後手の作戦を咎めようとした。
手の多い将棋は内藤も好むところで、8筋の歩を合わせて反撃。横歩取りを受けた▲3五歩にさらに歩取りに△8五飛と引いた手に対して▲7五歩が当時の定跡で、取ると▲3三角成△同桂▲3四歩の狙いだ。▲6八玉型で金との連結が強いので△7五同飛と取られても受ける必要はない。ただし、現代の目で見ると7六に空間を作るので▲3七銀の方が優る気がする。▲7五歩に△2五歩と飛車頭を叩いて図の局面になる。


図の局面から▲2五同飛に△7五飛だが、△8六歩のワザが成立すれば後手が良くなる。角交換は△同桂が飛車取りなので▲7七桂だが、△8七歩成▲8五桂△7八とに▲同玉と取れる。このように▲6八玉型は利点が多い。
実戦は△7五飛に▲7七角△7四歩と進行。乱戦の末、内藤が勝利をもぎ取った。中原は歩得なので形勢に自信を持っていて、この後も空中戦法に真っ向からぶつかった。
この期は内藤が上回り、タイトル奪取したが、次第に中原に勝てなくなる。


その後、佐藤義則が内藤国男相手に、図の局面から▲5六飛の研究手をぶつけた。
△4五角の筋があるので端攻めされて危険と思われていた手だ。
以下△1六歩(△6二金)に▲7七桂△8八飛成▲同銀△2八角▲3七桂△1九角成▲6五桂△4二角▲4五桂と見事な手順で内藤に勝利している。
後のタイトル戦では、内藤は端歩に代えて△7二金+6二銀と備えるようになった。
なお、これに対して同様に仕掛ける順は、現在では▲2五同飛△7五飛に▲3七銀△2四歩▲2八飛△3五飛▲3三角成△同桂▲4六銀△8五飛▲8八銀△2三銀▲6六角で先手有利が定跡になっている。


ただ、中原誠は図の局面は▲2五同飛で先手が指せると考えていたようで、1981年の将棋日本シリーズでも▲2五同飛△7五飛▲7七角△7四歩から▲8八銀△7三桂▲7六歩△8五飛▲8六歩△6五飛▲2六飛△6四飛▲3三角成△同桂▲4六角となって勝っている。
現代の棋士なら途中の△6五飛の代わりに△5五飛▲2六飛△5四飛と指すだろう。
8五飛戦法全盛期に指された松尾新手(図)という素地があるからだ。
なお、松尾新手と呼ばれているが、研究会で「ハッシー」橋本崇載奨励会三段(当時)に指された手を松尾がパクったもので、橋本も感想戦で「マッチ」浦野真彦七段に聞いた手を拝借したらしい。
『将棋世界1990.1号』p.93「横歩取り専門学校」で中川大輔が△5五飛に触れている。
▲5五同飛△同角▲4六歩△3六歩(△同角?▲4四歩)▲5六飛△6四角打でいい勝負と研究されている。
こんな手が成立するのも横歩取りの面白さだ。


このように中原の対策は▲6八玉型が多かったが、棋界の多数派は▲5八玉。

▲5八玉からの鏡指しは優秀で、ほぼ同型になると、後手は比較すると玉が薄く、歩損と苦しい。横歩取り△3三角戦法は損な戦法と認識された。
当時は、矢倉が「将棋の純文学」と言われ、内藤も独自の矢倉を指した。


そんな時、「光速流」谷川浩司が△4五角戦法を引っ提げ、短手数で勝ちまくった。
谷川に憧れプロを目指す少年たちの間でも流行し、羽生少年と森内少年の対局のほとんどが△4五角戦法だった。
しかし、中原対内藤のタイトル戦(第23期王位戦七番勝負第2局)で現れるようになると、先手有利の定跡が整備され、退潮した。


その後、高橋道雄、中村修、泉正樹、依田有司、島朗、南芳一、塚田泰明、神谷広志など、昭和55年にプロ入りした「55年組」と呼ばれる若手達が台頭し、タイトルホルダーになっていった。
55年組の一人「地蔵流」南芳一王将に「さわやか流」米長邦雄が挑戦することになった。
米長は、弟子の中川大輔を軍師に横歩の研究をし、南王将に対して「横歩も取れない男に・・・」と誌面で挑発した。
カチンときた南は敢えて不得意な横歩取りを受け、タイトルを失った。


平成4年の第50期名人戦、名人中原誠に挑戦したのは55年組の一人「地道流」高橋道雄。
矢倉で敗れ、名人位を奪われそうになった中原は、指しなれた矢倉戦法を捨て、横歩取りを連採して防衛を果たした。
この名人戦は当時8歳だった渡辺明名人が、「記憶に残る三つの名人戦」の一つに挙げている。
中原は、名人戦最終局の少し前、「重戦車」加藤一二三相手にも矢倉を避け、横歩取り(取らせ)を採用、▲6八玉+3八銀型に△5二玉+5四飛型という布陣で勝った。
第40期名人戦、あの伝説の10番勝負でこの指し方をしていれば・・・
しかし、翌平成5年、第51期名人戦で米長に名人位を奪われた。


△3三角以外の横歩取りも進歩を見せた。
「忍者流」屋敷伸之が「無冠の帝王」森下卓相手に関西の脇謙二八段が得意とする△3三桂戦法を用いて、積極的な左金の活用で快勝した。
翌年、屋敷は、相横歩取りで△6四歩の新手を放ち、羽生に勝った。
アマ棋界でも相横歩取りが流行し、奈良のsさんなどスペシャリストがいた。


横歩取り△3三角戦法に再び陽が当たるようになったのは、名人位を失った中原誠による技術革新が大きい。
横歩取り相手に▲6八玉型を好む中原は、▲5八玉型に違和感を持っていた。
先手が▲5八玉型なら後手を持って横歩取り(取らせ)を指してみようと考え、(相掛かりで用いていた)中原玉と呼ばれる△4一玉型から、先手の玉頭攻めを狙う中原流横歩取りを編み出した。


「鉄板流」森内と中原との対局で何度か現れたのが上図。
図から△5五歩と飛車の横利きを通して▲5三角から馬を作らせ、中原マジックとしかいいようのない芸術的な手作りで、勝利を掴んでいた。
これを打ち破ったのが「怪童丸」村山聖。
図から▲5三角△6二銀▲7五角成△1四飛▲6五馬△7四歩に▲3四歩△同飛▲4三馬という強襲で勝った。
この将棋から中原は、△5四歩でなく△5四飛型を用いるようになった。
ただし、△5四飛型は狙いがわかりにくい。
わざと8二に隙を作り、角を打たせて香を取らせる間に手を作り、相手の馬を遊び駒して玉の堅さで勝つ。一種の「焦土戦術」だ。振り飛車が左香を取らせる間に飛車を捌く感覚に似ている。


中原流△5四歩型を打ち破った村山聖だが、羽生相手に中原流△5四飛型(図)を採用し
て勝つ。
図から▲5六飛とぶつけ、見応えのある好防が展開された。
村山追悼の際、羽生は、数ある村山との対局の中で「最も印象に残る一局」と、この将棋を挙げた。

中原は、当時王将以外の六冠を保持していた羽生相手にこの戦法で戦い、わざと隙を作って▲8二角と打たせ、中原マジックで翻弄している。
最盛期を過ぎても中原は強かった。
中原・羽生のタイトル戦が実現しなかったのは大変残念だ。


羽生六冠は、この勝負に負けたものの王将戦挑戦者となった。
最終局で内藤流空中戦法を採用して谷川王将を破り、前人未到の七冠王に。

先手の谷川の陣形が中原玉。
元は、中原も先手番相掛かりで使っていた。


横歩取り△3三角戦法の救世主となったのが、8五飛戦法(中座流)だった。
「キューピー」井上慶太が、降級のピンチに立ったA級順位戦最終局(将棋界の一番長い日)で「シンデレラボーイ」島朗に勝利したのが契機となって大流行。
これを得意戦法に「激辛流」丸山忠久は、「1秒に1億3手読む男」佐藤康光から名人位を奪取した。
そして翌年の防衛戦では、▲6八玉型を採用した谷川相手に上記の松尾新手を採用。


図の局面から▲4五歩△5四飛▲3三角成△同桂▲6六歩△7五歩▲8三角に△4五桂とわざと桂を捨てて相手の桂を跳ねさせるという信じられない一手で勝利を掴んだ。


横歩8五飛戦法が流行する中、青野照市九段が超攻撃的な新布陣を開発し、対谷川(順位戦)でぶつけた。実際は弟子の指し方をパクったらしいが、「青野流」と呼ばれた。
過激すぎたためか、当時はその優秀性に気づかれなかった。
青野九段は研究家で、相横歩の▲4六角をはじめ新手makerとして知られる。


若き日の「魔太郎」渡辺明も8五飛戦法を得意としていた。
渡辺新竜王が誕生した一局は、森内竜王の▲6八玉型に対し、松尾新手△5五飛ではなく△7五歩を採用。深い研究に裏打ちされた△8八歩の新手で栄冠を勝ち取った。
しかし、その後、なぜか渡辺は横歩取りを指さなくなる。


8五飛戦法の対策が待たれていたが、山崎流・新山崎流と次々とideaを打ち出したのが「西の王子※」と呼ばれた山崎隆之八段。
この戦法で森内が名人に返り咲くなど、横歩取りが劣勢だったが、北島vs中座(竜王戦)で対策が発見され、居玉&壁形という二重苦を抱えた新山崎流は、舞台から退いた。


新山崎流が有力と思われていた頃、3筋攻めを狙われるのなら玉の位置は△5二の方がいいと、松尾歩が△5二玉型中座流を用いる。元々は、関西の「いぶし銀」桐山清澄九段が指していたのをパクったものだが、「松尾流」と呼ばれ、升田幸三賞を受賞した。


しかし、『【横歩取り】中座飛車最強の敵▲7七角型』や『【横歩取り】△8四飛型の攻防』で触れているが、△8五飛には▲7七角型が強敵で、△8四飛に回帰する。
玉の位置は、中原流の△4一玉は危険とされ、△5二玉が主流となり、さらに△6二玉も試みられるようになった。


この横歩取り8四飛型を得意とする「貴族」佐藤天彦が、第74期名人戦で羽生名人に挑戦して戴冠。第75期名人戦では、関西四天王の一人で横歩取りを得意とする稲葉陽の挑戦を退け、第76期名人戦では、羽生という最強の挑戦者を退けた。
第77期名人戦では、「序盤、中盤、終盤、隙がない」豊島将之が挑戦。第一局は、名人の横歩取り(取らせ)に挑戦者が青野流で勝利。竜王名人誕生に結び付いた。


現在、青野流が横歩取りの天敵と看做され、対策が後手の課題となっている。
横歩取り(取らせ)を指さない天才、藤井聡太の登場が、時代の変遷を映し出しているようで、感慨深い。


このような背景の中▲6八玉型を研究するのは、もはや歴史的価値しかないかもしれないが、下手の横歩好きの私としては、ここに結論づけておきたい。
▲6八玉+3八銀型は最悪だと。なぜか?


※若い頃の称号。現在は、斎藤慎太郎八段に譲ったらしい。


















最悪の▲6八玉+3八銀型


飛車先逆襲には強いが・・・

将棋上達には、好きな陣形とか戦法を持つことが大切だ。
私が横歩取り先手番を持った場合、中住まい玉は安定感に乏しいので好まない。▲6八玉型が好みだ。
そして▲4九の金との連結が良いため▲3八銀型を愛用していた。
▲4八銀型に比べて飛車先逆襲に備えている。
下が想定図で、次に▲4六角から飛車を移動させて▲2五桂となれば成功。

現在は、▲6八玉・3八銀型は横歩取りにおける先手最悪の陣形だと思っている。
▲6八玉型は7筋の戦場に近く、また▲3八銀型は中央が薄い。
ところが、羽生善治 九段 vs. 永瀬拓矢 七段(第60期王位戦挑戦者決定リーグ白組) で羽生九段がこの陣形を採用した。

羽生九段がこの陣を敷いたのは、永瀬七段が△6二玉型だったことが大きい。
▲9五角の王手飛車の筋があるのため、△7四歩と突けない。
後で述べるが、▲6八玉型は△7五歩が嫌な仕掛けなのだ。

 △8四飛型に対して▲6八玉型は、危険な駒組みだと考えられていた。理由は、先手玉が戦場に近いからだ。(略)△6五桂のように7,8筋で戦いが起こると、▲6八玉型が相手の攻めに近づいている。

 (略)▲6八玉型に良いイメージを持っている棋士は少ないと推測される。

                    横歩取り名局集 p.352

7筋からの仕掛けが望めない後手は、△7一玉と8二のキズを消してから、▲9六歩に手薄な5筋を狙って△5四飛。
▲9六歩では▲3六歩が無難。この将棋の後の叡王戦第二局では▲3六歩に△8二玉▲4六歩△5四飛▲9六歩△4四歩▲3七桂△4五歩と進んだ。第四局でも同局面になり、△
3四飛▲3七銀△4四角▲同角△同飛▲5六角△2四飛から飛車交換になった。




△5四飛は好位置で、先手陣は5筋を補強しにくい。また△8八角成▲同銀△3三桂▲7七銀(すぐ▲2二歩は△5四飛で危険)△2五歩とした際の先手の▲2二歩△同金▲3一角の狙いに対する備えにもなっている。
対する▲9五歩が大胆な手。▲4六歩なら安全だが、飛車先逆襲を誘っている。


△2五歩(図)が面白い手。△2六歩が並みの発想だが▲3六歩~▲3七桂で負担になると見たのだろう。
この歩を取れば、角交換から△3三桂▲2八飛△4五桂が受けにくい。▲5八金は△3九角の筋があるし、▲3九角と逆に打つのは△3五角がある。▲4六角は△6四角、交換して▲4六角なら受かるが、取った瞬間△5七桂成がある。▲6六角は△6四歩。
やはり▲6八玉型は危険だ。
遡って図の△2五歩に代えて△2六歩▲3六歩に△3五歩とする変化も面白い。▲同歩なら△2四飛、▲2六飛なら△3六歩だ。


しかし永瀬七段が飛車先逆襲に来たため、上記の私の理想形に似た陣形を築くことができた。
これなら▲3八銀が生きる展開だ。

図から▲3七桂が普通だが、先手は▲3七銀として△3四銀▲2七歩△4二金▲8六歩△4五銀▲4六歩△5四銀と進んだ。後手不満のない展開だ。
やはり図から▲3七桂だったか。


攻略は△7五歩の仕掛け

▲3六歩型

初手からの指し手
▲7六歩  △3四歩  ▲2六歩  △8四歩  ▲2五歩  △8五歩
▲7八金  △3二金  ▲2四歩  △同 歩  ▲同 飛  △8六歩
▲同 歩  △同 飛  ▲3四飛  △3三角  ▲3六飛  △8四飛
▲2六飛  △2二銀  ▲8七歩  △5二玉  ▲6八玉  △7二銀
▲3八銀  △7四歩  ▲3六歩  △7五歩 


内藤流空中戦法では△1五歩の位取りを優先していたが、現代風は△5二玉~△7二銀。
▲3六歩には、早速△7五歩と仕掛ける。

図からの指し手
▲同 歩  △8六歩  ▲同 歩  △同 飛  ▲8七歩  △7六飛
▲3三角成 △同 桂  ▲6六角  △9五角  

図からの変化①
▲6九玉  △2五歩  ▲2七飛  △6六飛  ▲同 歩  △5五角
▲4六歩  △同 角  ▲2八歩  △2六歩  ▲同 飛  △4五桂


図からの変化②
▲6九玉  △2五歩  ▲2七飛  △6六飛  ▲同 歩  △5五角
▲4六歩  △同 角  ▲2八歩  △4五桂  ▲4七飛  △5七桂不成
▲5八玉  △4九桂成 ▲4六飛  △5九角成 ▲6七玉  △4八成桂


図からの変化③
▲5八玉  △2五歩  ▲1六飛  △7八飛成 ▲同 銀  △6八金  
▲4八玉  △7八金  ▲3五歩  △6八角成 ▲3四歩  △4五桂  
▲2三歩  △同 銀   ▲3三歩成 △同 金  ▲4六歩  △3七歩  
▲4七銀  △6五銀  ▲4五歩  △6六銀  ▲同 歩  △8九金  
▲3一飛  △3二銀  ▲3六飛


△7五歩の仕掛けに▲3五歩と飛車の横利きを通して受ける手も考えられるが、△7六歩▲同飛△2八歩▲3七桂△2九歩成▲同銀△3六歩とされて▲同飛に△2七角が飛車金両取り。▲6八玉型の弱点を衝かれた格好だ。
仮に▲5八玉型でも△2四飛があるのでこの歩は取れない。


そこで△7五歩▲3五歩△7六歩に▲3七桂と2八の弱点をcareしたが、△8六歩▲同歩△同飛(図)が飛車の素抜きを狙って厳しい。
これも▲6八玉型が祟った。

▲5六飛と受けるが、△8八角成(▲4五桂が角当たりになるのを嫌った)▲同銀△7七歩成▲同桂△5六飛▲同歩△3六歩などと攻めて後手有利。


このような理由で▲3八銀型よりも▲4八銀型の方が守備に優れている。
以前は、▲4八銀型は角交換から△4四角▲2八飛△2七歩▲同飛△2六歩▲2八飛△8八角成▲同金△2七銀という筋があって危険と思っていたが、新山崎流が現れ、▲3九銀で受かることを知り、その懸念も消えた。
さらに4九の金を▲5九金とした形が中原玉に似て堅固だ。
2八の地点の弱点は▲1六歩で補う。


なお、△7四歩に▲5八玉と玉形を直す指し方が公式戦で現れた。
先手は手損だが、後手も動きづらい。
(参考)村田顕弘五段『現代横歩取りのすべて』p.121~


変化:35手
▲3七銀 △7三桂 ▲2八飛 △2六歩 ▲7七金 △同角成
▲同 角 △2七金 ▲5八飛 △3七金 ▲同 桂 △7七飛成
▲同 玉 △5五角 ▲6八玉 △3七角成 ▲7四歩 △6五桂
▲6六金 △4七馬 ▲4四歩 △8八歩 ▲同 銀 △4四歩
▲1六角 △3四歩 ▲同 角 △4三銀 ▲5六角


変化:35手
▲2八飛 △7三桂 ▲3七銀 △6五桂 ▲4六銀 △2六歩
▲5八金 △3八歩 ▲2六飛 △8八角成 ▲同 金 △4四角
▲2八飛 △3九歩成 ▲8二角 △8八角成 ▲同 銀 △2九と


▲4六歩型

▲4六歩~▲4五歩と突いて▲4四歩の玉のコビン攻めを見せるのも有力な駒組み。
▲4七銀となると、角換わり腰掛け銀などで目になじんだ形。
そんなわけで何となく安心感はあるのだが、効果は後手の陣形による。
後手陣が△6二銀+5一金型に対しては▲4四歩は急所の攻めになるが、△5二玉+7二銀型に対しては△6二玉と逃げる余地があって甘い。


初手からの指し手
▲7六歩  △3四歩  ▲2六歩  △8四歩  ▲2五歩  △8五歩
▲7八金  △3二金  ▲2四歩  △同 歩  ▲同 飛  △8六歩
▲同 歩  △同 飛  ▲3四飛  △3三角  ▲3六飛  △8四飛
▲2六飛  △2二銀  ▲8七歩  △5二玉  ▲6八玉  △7二銀
▲3八銀  △7四歩  ▲4六歩  △7三桂  ▲4七銀

途中の△7三桂では△7三銀もある。
先手陣の弱点は7筋。
ここから△7五歩で▲同歩なら△7七歩が手筋で始末に困る。
単に△6五桂と仕掛ける手も有力。

  1. ▲6六歩なら△7七歩▲同桂△同桂成▲同金△7六歩  ▲7八金△7七桂と俗に攻めて後手優勢。
  2. ▲3三角成△同桂▲8八銀は、△5四飛▲5八金△2八歩▲同飛△3九角で後手優勢です。
  3. ▲5六銀には、▲5六銀△7七歩▲同桂△同桂成▲同角△同角成▲同金△7六歩▲7八金△4四角▲3六飛△3三桂▲8八銀△2四桂▲3四飛△7七角成(図)で後手有利。
  4. 先手の最善は▲2八飛だが、△2七歩で▲同飛は△7七歩から桂を入手して△3五桂がある。そこで▲3三角成△同桂と交換してから▲2七飛と取るが、△2六歩▲2八飛 △2四飛となって飛車先逆襲が成功。▲3六銀には△2七角、▲2五歩△同飛▲3六銀には△2七歩成で攻めが続く。

このように△7二銀型には効果なかったので今度は△6二銀型に▲4六歩とする。
銀の位置は▲4八だ。
そこで△7五歩と仕掛けた実戦がある。羽生vs永瀬(棋王戦)で永瀬が見せた仕掛けだが、壁形だけに思い切った仕掛けだ。


▲7五同歩と取って△8六歩▲同歩△同飛▲8七歩△7六飛に▲2三歩△同銀▲3三角成△同桂▲2四歩△3四銀▲2三角と後手の壁形を咎めたい。
後手陣は△6二銀+5一金がワンセットだ。
しかし、▲2四歩に△1四銀と逃げて▲2三角に△4二金と躱されると難しいようだ。

実戦は、▲7五同歩△8六歩▲同歩△同飛に▲3三角成△同桂▲8八歩と受けた。
しかし、△2五歩▲2八飛△7二金▲4七銀△8四飛▲3六歩△2四飛▲2七歩と
飛車先を逆襲され。さらに△7三銀と活用したのが好手。
▲7七金△8四銀▲6六金と力強く受けたが、△7五銀▲同金△8六角で後手不満がない。



森内竜王vs羽生棋聖(第85期棋聖戦第一局)で森内竜王は居玉のまま▲4六歩と工夫した。これなら△7四歩に▲4五歩と横利きで受けることができる。
対して羽生棋聖は△7二金と昔の形に。
▲4五歩なら△8八角成▲同銀△3三桂と目標にできる。
森内は▲2八飛と引いて△7四歩に▲4七銀、そこで△7五歩▲同歩△7三銀と仕掛けたが危険。▲3三角成△同桂▲8八銀に△7六歩と相掛かりで常用の筋を指したが、▲2一角の切り込みが気になる。以下①△4二玉は▲3二角成△同玉▲4二金△2一玉▲2三歩△3一銀▲同金△同玉▲2二歩成△4二玉▲1一と△2四歩に▲8六香が歩切れを衝いて厳しい。②△3一金は▲2三歩△2五歩▲2二歩成△同金に▲3二銀なら△6二玉や△2一金で余しているようだが、▲6一銀がある。△同玉に▲4三角成△7一玉▲7六馬で盤石だ。
本譜の▲6八玉よりは優った。


遡って、△7六歩では△2五歩として次に△2四飛からの飛車先逆襲を見せた方が自然だった。
実戦も飛車先逆襲の展開になるが、少し後手が無理している感じ。
△7三銀と活用したため玉が薄い。



(余談)
藤井聡太 四段 vs. 大橋貴洸 四段 (第89期棋聖戦一次予選)では中座飛車に▲6八玉・3八銀型を用いた藤井少年が敗れている。
先手の評価値も悪く、やはり悪形か?


角交換型


初手からの指し手
▲7六歩 △3四歩 ▲2六歩 △8四歩 ▲2五歩 △8五歩 ▲7八金 △3二金
▲2四歩 △同 歩 ▲同 飛 △8六歩 ▲同 歩 △同 飛 ▲3四飛 △3三角
▲3六飛 △8四飛 ▲2六飛 △2二銀 ▲8七歩 △5二玉 ▲6八玉 △7二銀
▲3八銀 △7四歩 


ここから角交換して▲8八銀と備えるのが、所司和晴著『東大将棋 横歩取り道場 第7巻 3三角戦法』p.176で最有力とされている順。


▲3三角成 △同 桂 ▲8八銀 △7三桂 ▲2八飛 △7五歩
▲同 歩 △2六歩 ▲4六歩 △2四飛 ▲4七角 (図)

図の▲4七角は2筋のcareと7筋の桂頭攻めを見た一石二鳥の好手風だが、△6五角の俗手が返し技。以下△▲同角(▲5六歩には△5四角)△同桂▲4七角△2七歩成▲同銀(▲同飛は△同飛成▲同銀△5五飛が受けにくい)△5四角▲3六歩△4四飛▲3八銀△4六飛が想定され、後手の模様が良い。


最強の▲6八玉+5九金型

というわけで、▲6八玉に△7四歩なら▲5八玉と形を直すか、▲3六(4六)歩を保留して戦いたい。
その場合▲6八玉+4八銀+5九金が好形で、桐山清澄流だ。
▲1六歩は、2八の地点のcareと同時に将来の端攻めを見て価値が高い。
豊島vss羽生(順位戦)で豊島八段が師匠譲りのこの陣形を採用、プラン通り端から仕掛けた。
△1四同歩に▲1二歩△同香▲3三角成△同桂▲2一角が狙い。
△2五歩と受ければ、▲同飛△1四歩▲2六飛と持ち歩を増やして満足。

名人挑戦への厚い壁 豊島八段vs羽生竜王 

この端攻めは意外と勝率が良くない。
おまけに後手陣はいつでも△8一飛と受ける事ができるので、▲1三歩△同香▲1二角という筋は無効。
△1四同歩▲1二歩に△2五歩だが、ここで▲2五同飛は△1二香で▲3三角成△同桂が飛車に当たるのでつまらない。
しかし、このタイミングで▲3三角成はあった。△3三同桂は後で▲2一角があるので△3三同銀の一手だが▲2五飛△2四歩▲2八飛△1二香に▲7五歩として▲5六角を狙う。・・・攻めが軽すぎるか?


第一図



 第76期A級順位戦は史上初の6者プレーオフとなり、羽生が挑戦権を得た。先月号でも紹介されているが、豊島将之八段戦について補足的に触れたい。

 豊島戦は羽生が横歩取りに誘導。豊島が1筋から仕掛けた。総譜もあるので参照いただきたいが、後手は△6四歩とせず、仕掛けに備えることもできる。ただし、局後に「端攻めを受けるのではつまらない」と羽生が話していた。

 1筋から3筋の攻防は部分的な定跡だ。しかし、類例を調べてみると、先手側の成績はよくない。例えば、玉形は違うが2016年の第75期A級▲羽生-△稲葉陽八段戦でも端攻めは指されたが、後手の稲葉八段が勝った。もし、仕掛けが成功しないと、先手の駒組みも変わってしまうかもしれない。研究が待たれる。

 第一図は駒がぶつかって数手後の局面。豊島は▲3三角成△同桂▲2一角と打って攻め込んだが、羽生に△4五角からうまく対処されて芳しくなかった。

 感想戦では▲2五桂が有力とされた。これなら右桂が攻めに働く。以下△8八角成▲同銀に△3三歩は▲1三歩△同香▲同桂成△同銀▲2六飛△8一飛▲1二歩が嫌味な垂れ歩となる。▲8八同銀に△8一飛でどうかが結論だ。本譜は1七桂と1九香が眠ったまま終局した。 

    「将棋世界2018.6号」p.178「熱闘!羽生将棋」より 

怖いのは、2八のキズ 佐藤名人vs山崎八段

先手には大きな懸念材料がある。
2八の空間だ。
佐藤天彦 名人vs山崎隆之 八段NHK杯)では、図のように2八の弱点を衝かれた。

佐藤名人は、ここで▲3八角と受けたが、働きに乏しく辛い手。
▲9五角と攻めたかった。
以下、△8五飛 ▲7三角成 △同 銀 ▲3四桂 △4一玉 ▲2二桂成 △同 金 ▲2三歩 △3二金 ▲2二銀が想定され、先手の堅固な陣が光っている。

後手勝勢の終盤で、事件は起こった。
山崎八段は、図から△3四銀としたが、痛恨のミス。
△7七角成なら必死だった。



縦歩取りには臨機の▲3八銀

近藤vs羽生(王位戦)

図の△7四飛は、▲6八玉型に対しては珍しい。
後手の右銀の立ち遅れをついている。

  1. ▲3五歩と受けると、△2五歩▲同飛(▲5六飛△8八角成▲同銀△2七角)△7六飛▲7七金に△3六飛と歩の裏に回られて困る。
  2. ▲7七金には、△4四角▲2八飛に△5五角という角の二段活用がある。

だが、△7六飛としても金が紐つきなのが▲6八玉型の利点。
これを生かして、△7四飛に▲3八銀と歩を取らすのが良い。


△7六飛に▲3七桂と好形を築き、▲7七角~▲8八銀と落ち着かれてみると、後手の2・3筋の薄さが目立ち、△2三歩と謝るしかなかった。


羽生「△7四飛から無事に歩を取れれば不満がないと考えていたが、実際に指されてみると対応が難しかった」

将世2019.5「熱闘!羽生将棋」p.172

縦歩取りから歩を入手して△9六歩▲同歩△9七歩▲同香△9八歩と攻めた。
好調なようだが、実際は後手の攻めは細く、ゆっくり指すべきだったらしい。
▲8八角と固く受け△2四飛▲2五歩△8四飛に▲2九飛と落ち着かれると、二の矢がない。
△5四角▲8六銀△3六角▲4八金△3四飛に▲4五桂△同角▲同歩△7六桂▲7九玉△8八桂成▲同玉△9九角▲9八玉△5五角成▲4七銀△3七馬▲同金△同飛成▲5六角△5五金(図)と進行した



図の局面から▲2八角△2六竜▲5五角△2九竜▲3四歩と進めるのが有力だった。
▲2四歩がお返しのミス。


しかし、羽生も▲8二銀に△6八銀成の決め手があるのに気づかず、混戦に。


終盤、羽生が△8九銀▲同玉△7七桂と詰ましに行ったが、一歩余分にあれば△8九銀▲同玉に△3九飛成で詰んでいた。


以下、▲7九金△8八歩▲7八玉△8九角▲同金△同竜▲7七玉△7九竜▲7八歩△6五桂▲6六玉△5四桂▲6五玉△5五金▲同玉△3七角▲6五玉△6四金▲同銀△同角成▲5六玉△6五銀▲4七玉△4九竜▲3六玉△3八竜▲2五玉に△2四歩があれば▲同玉△4六馬でぴったり詰む。

結論

将棋は、じゃんけんと同じで後出しが有利。


△7四歩不突の飛車先逆襲>▲5八玉型>△7筋攻撃
△7筋攻撃       >▲6八玉型>△7四歩不突の飛車先逆襲


後手の基本的な戦略は、▲6八玉型には7筋攻め、▲5八玉型には飛車先逆襲。
飛車先逆襲のためには△6二玉型で△7四歩を突かない陣形が良い。
▲5八玉型は△7四歩からの攻撃に強いが、飛車先逆襲に弱いからだ。
反対に▲6八玉型は飛車先逆襲に強いが△7四歩からの攻撃に弱い。
したがって先手の戦略は、△6二玉型には▲6八玉と2筋から遠ざかり、△7四歩と突いてきたら▲5八玉と7筋から遠ざかる。
さて、最適解は何か?


最近の先手の戦略は柔軟だ。
良い陣形づくりのためには、手損は関係ない。
永瀬vs三浦(第39期棋王戦挑戦者決定戦第二局)では、▲5八玉にしておいて、相手の飛車先逆襲を見て▲6八玉と移動。
反対に羽生vs中村太(第61期王座戦五番勝負第五局)のように▲6八玉型にしておいて、△5二玉型から△7四歩と7筋攻撃を見せられたら、▲5八玉と玉形を直す。


ただし、▲6八玉+4八銀+5九金型で飛車の横利きを通した陣形は、後手にとって攻略が難しい良型だ。
昔、桐山清澄九段が考案したこの型が、弟子の豊島竜王名人によって蘇ったのが嬉しい。